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ケリー基準 — 損失リスクと投資額を分けて考える理由
ケリー比率25%は、二値モデルで負けたときに失う資産の割合です。投資額とは区別し、予定損失の予算とエントリーから損切りまでの距離でポジションを計算します。ハーフケリーの効果と限界も確認します。
ケリー比率を読むときは、負けたときに失う資産の割合とポジションの投資額を分けてください。計算上の最適比率は、損失を許容できる比率や安全な上限を保証しません。
ケリー基準は、1956年にベル研究所のジョン・ケリー(John Kelly)が示した、資産の長期的な対数成長を最大化する考え方です。ここでは、勝てば +bR、負ければ −1R になる二値モデルを考えます。勝率を p、負ける確率を q=1−p、勝ちの利益と負けの損失の比を b とすると、最適比率は f* = p − q/b です。この f は、負けた場合に失う金額の、取引直前の資産に対する割合です。
勝率55%、損益比1.5が正確に分かり、毎回同じ条件で独立した試行を繰り返せるなら、f* = 0.55 − 0.45/1.5 = 0.25 になります。この仮定では、1回負けると資産の25%を失い、勝つと37.5%増えるという意味です。「資産の25%で銘柄を買う」という意味ではありません。また、ここで使う55%と1.5は説明用の仮定であり、実取引で検証済みのシステムの成績ではありません。
このモデルのフルケリー(full-Kelly)は期待対数成長率を最大化しますが、ドローダウンの上限は設けていません。推定した p や b が実際より高ければ、計算結果が実際の最適比率を超えることもあります。まず損失リスクの予算を決め、その予算とエントリー価格から損切りまでの距離で投資額を求めることが、この記事で押さえる実務上の区別です。

ケリーが最大化する対象は期待対数成長率です
一回の期待利益だけを最大化し、賭ける比率を0から1に制限するなら、pb > q のときは全額を賭ける解になります。正の期待値に必要な勝率は p > 1/(1+b) です。「勝率50%超」が境界になるのは b=1 の場合だけです。ケリー基準は、同じ条件を繰り返したときの資産の対数成長を最大にする比率を選びます。
前述の仮定では、自然対数を使った1回当たりの期待対数成長率は g(f) = 0.55 ln(1+1.5f) + 0.45 ln(1−f) です。フルケリーの f=0.25 では約0.0456926、2倍の f=0.5 では約−0.0041275になります。これらは通常の百分率リターンとは異なる数値です。「2倍のケリーで成長率がほぼゼロ」という表現はこの例では近いものの、すべての分布に当てはまる法則ではありません。
50%の損失を取り戻すには100%の利益が必要です。このような複利への影響を対数で評価するため、モデルの最適比率を超えて賭けても長期成長率は上がり続けません。ただし、実際の価格下落を見ただけで、ある口座が曲線のどこにいるかは分かりません。
以下のBTC価格は、BinanceのBTCUSDT現物・日足公開データのUTC基準です。2021年5月19日は始値42,849.78 USDTから日中安値30,000 USDTまで約30%下げました。同年4月14日の高値は64,854 USDTです。この下落は急変時の損失を点検する材料になりますが、ケリー運用口座の損失を示す実績ではありません。口座への影響は投資額、方向、レバレッジ、決済価格で変わるため、自分の保有条件に当てはめて評価してください。
フルケリーでも深いドローダウンは起こり得ます
フルケリーはドローダウンを最大化する基準ではありません。ただし、成長率を最大化する式だけでは、最大ドローダウン(maximum drawdown)を許容範囲に抑えられません。この例で毎回その時点の資産の25%をリスクにさらし、3回続けて負ければ、資産は 0.75³ = 0.421875 倍になり、損失前の残高から57.8125%減ります。これは具体的な連敗例であり、一般的な期待ドローダウンの値ではありません。
対数成長だけを目的にすると、途中でどこまで資産が減るか、どの深さで運用を続けられなくなるかは別の制約になります。同じ最終残高でも、途中で60%下げる経路と20%下げる経路では、運用を継続する難しさが違います。実際のリスク比率を決めるには、取引数や評価期間を定め、許容する下落幅を超える可能性も確認する必要があります。
2022年11月のFTX破綻があった時期には、BTCは11月6日の始値21,299.37 USDTから、11月8日の安値17,166.83 USDT、11月9日の安値15,588 USDTまで下落しました。11月6日から9日までのこの比較では約27%の下げです。価格だけからフルケリー口座の下落率は算出できませんが、損切りの約定遅れや同時保有の損失を想定する場面には使えます。ポジションサイジング(position sizing)では、計算上の成長率とともに、こうした条件下で資産がどこまで減るかを点検してください。
f* 一行の最適性には p と b 以外の前提もあります
f* = p − q/b がそのまま使えるのは、勝ちが +bR、負けが −1R に固定されたモデルです。p と b が分かっていても、利益や損失の大きさが取引ごとにばらつく場合、平均勝率と平均損益比だけでは一般に厳密な最適比率を求められません。実取引では分布の変化や連敗の依存性も確認する必要があります。
たとえば b=1.5を固定し、勝率を55%と見積もったのに実際は50%だったとすると、モデル上の最適比率は25%から約16.67%へ下がります。推定値で求めた25%は実際の頂点を超えます。ただし、頂点付近の成長率はなだらかで、わずかな推定誤差が必ず大幅な成長率低下を生むわけではありません。誤差の幅と過大なリスク配分が重なる場合に注意が必要です。バックテストと実取引の乖離(backtest vs live)には、過剰適合、手数料、スリッページ、相場条件の変化などが関係し、勝率や損益比への影響は個別に確かめます。
2024年8月5日の急落では、BTCは日足始値58,161 USDTから安値49,000 USDTまで約16%下げました。この価格データだけで原因を特定したり、特定の戦略のスリッページを断定したりはできません。一方、急変時には予定した損切り価格より不利に約定する可能性があります。実際の損失が−1Rを超えるなら、もとの二値モデルの前提も崩れます。期待値と損益比(risk-reward expectancy)を約定価格とコスト込みで測り直し、平均値に加えて損失のばらつきも確認してください。
ハーフケリーの効果は1回の収益率と資産曲線を分けて見ます
ハーフケリー(half-Kelly)は、推定したフルケリーの比率を半分にする方法です。リスクを抑えるための選択肢ですが、常に安全な比率になるわけではありません。推定が大きく外れていれば、半分にしても実際の最適比率を超えることがあります。
勝率55%、損益比1.5の二値モデルでは、ハーフケリーは 0.25 × 0.5 = 0.125 です。期待対数成長率は約0.0344285で、フルケリーの約75.348%を保ちます。次の表の標準偏差は、各回の取引直前の資産に対する単純収益率の標準偏差です。
| 区分 | 負けた場合の資産減少比率 f | 1回当たりの期待対数成長率 | 1回の単純収益率の標準偏差 |
|---|---|---|---|
| フルケリー | 0.25 | 0.0456926 | 0.3109336(約31.09%) |
| ハーフケリー | 0.125 | 0.0344285 | 0.1554668(約15.55%) |
この二値モデルでは、1回の単純収益率が +1.5f または −f なので、その標準偏差 f(1.5+1)√(0.55×0.45) は f を半分にすると正確に半分になります。これは資産曲線全体の変動や最大ドローダウンが半減する保証ではありません。成長率を約75%保つという数値も、この例の結果です。
破産リスク(risk of ruin)を比較するときも、何を「破産」とするかを先に決めます。毎回の損失が資産の f<1 に厳密に収まる理想モデルでは、有限回の取引で残高がちょうどゼロにはなりません。たとえば「今後100取引で初期資産の50%以下になる確率」や「最大ドローダウンが30%を超える確率」のように、期間と閾値をそろえて比べてください。実取引ではギャップや清算で予定損失を超えるケースも含めて評価します。

損益がばらつく取引では二値式とリスク予算を分けます
一般的なケリー基準は、二値の勝敗だけでなく、損益の分布全体を使って期待対数成長率を最大化できます。ただし、取引ごとの収益分布を勝率と平均損益比の二つだけにまとめて、f* = p − q/b に入れても厳密な答えになるとは限りません。損切りと目標の距離だけで、目標に届く確率や途中決済まで分かるわけでもありません。
p を固定すれば、この式では b が大きいほど f* も大きくなります。しかし実際には、遠い目標を置くと勝率が下がるなど、p と b が同時に変わることがあります。予定損失を資産の一定比率にそろえる方法はリスク管理に役立ちますが、それだけでケリー最適になるわけではありません。
手数料、スリッページ、ギャップを無視できる線形の商品なら、取引当たりの予定損失比率 r を、エントリー価格から損切り価格までの距離 d で割ると、想定元本の資産に対する割合 w = r/d を求められます。2024年3月14日にBTCが当時の高値73,777 USDTをつけた場面を例に、仮に r=1%、損切りまでの距離 d=3%なら w は約33.3%です。この3%は直前安値からではなく、エントリー価格から測ります。
同じ予定リスク1%で d=1.5%なら、想定元本は資産の約66.7%です。ここでの1%は計算例として選んだリスク予算であり、ケリー式から導いた推奨値ではありません。損切りが予定どおり約定しなければ実損失は1%を超えます。発注前には r、d、w をそれぞれ記録し、証拠金額とも区別してください。
勝率55%、損益比1.5を仮定したサイジングのセットアップ
ここでは、勝ちが +1.5R、負けが −1R、勝率が55%という仮想モデルを使い、計算値と運用上の予算を分けます。この成績を実取引で確保したと主張する例ではありません。売買シグナルの有効性も別途検証する必要があります。
試算用のロング・セットアップ: エントリー価格を100、損切りを97.5、利確を103.75と仮定します。予定損失を取引直前の資産の1%に置くと、想定元本は資産の40%です。コストや約定ずれは別途見積もり、下記の見直し条件に達したらリスク配分を再評価します。
- フルケリーの計算:
f* = 0.55 − 0.45/1.5 = 0.25。このモデルでは、負けたときの資産減少比率が25%になる計算です。実取引における安全な上限を示す値ではありません。 - 例として選ぶリスク予算: ハーフケリーは12.5%です。ここではそれとは別に、予定リスクを1%と置きます。1%は25%の4%、つまり25分の1です。4分の1なら6.25%になります。1%自体の妥当性も、許容損失や推定の不確かさから判断します。
- ポジションサイズ:
w = r/dより、エントリーから損切りまでが2.5%なら想定元本は資産の40%、1.5%なら約66.7%です。線形の商品でコストやギャップを無視した試算であり、実際の損失を保証する数字ではありません。 - 利確: 目標を1.5Rと置くと、ロングで損切り距離が2.5%なら目標価格はエントリー価格から3.75%上です。部分決済やコストがあれば、実現した損益比は変わります。
- 引き上げの見直し: 50取引以上の成績が想定どおりで、推定した破産リスク(risk of ruin)が1%未満でも、リスクを1%から1.5%へ自動で増やしません。コスト込みの成績、アウトオブサンプル検証、推定誤差、評価期間と破産閾値、ポートフォリオ全体の制限を確認し、据え置きや縮小も含めて判断します。
- 無効化・再評価: 「実取引の勝率が50%を下回る、または損益比が1.2を下回れば、予定リスクを0.5%に下げて検証をやり直す」は、仮の運用ルールとして設定できます。この閾値と0.5%は式から導かれた安全基準ではなく、レビューを始めるための例です。
このセットアップでは、理論モデルの25%と、例として選んだ予定リスク1%を明確に分けています。後者は前者の25分の1であり、その予算を守れるかは約定条件と同時保有リスクまで含めて判断します。
同時保有では相関と合算損失からリスク配分を決めます
ここまでの単純な説明では、同じ二値試行を独立に繰り返す条件を置きました。一般的なケリー基準は、相関のある複数資産も対象にできます。その場合は個別の式を並べるだけでは足りず、ポートフォリオ全体の損益がどう同時に発生するかを扱います。
BTCロングとETHロングのような同方向の保有では、損失が重なる可能性があります。BTCが2021年11月10日に高値69,000 USDTをつけた後の下落局面や、2022年11月のFTX破綻期は、銘柄間の連動を調べる対象になります。ただし、すべてのアルトコインがBTCと同じ値動きだったと一括りにはできません。銘柄、期間、急落時の条件を分けて確認します。
同じリスク比率の三つのポジションが、同じ損益を完全に同時に生むなら、損益への配分は一つの取引に3倍を置く場合と等しくなります。「相関が高い」だけでは、この等価関係は成立しません。それでも損失が同時に出れば合算額は大きくなります。各ポジションの予定損失が資産の1%なら、すべてが予定価格で損切りされた際の合計は約3%です。ギャップや約定ずれがあれば、さらに増える可能性があります。
実務では、各取引の予定リスクとは別に、同時保有全体や関連銘柄のグループに損失予算を設定します。たとえばグループ全体の予定損失を資産の1%以内にする運用ルールなら、その範囲を三つのポジションに配分します。この1%もケリー式から自動的に決まる値ではありません。複数の銘柄を追加する前に、すべての損切りが同時に成立した場合の合計と、不利な約定が重なった場合の損失を確認してください。
理論の前提はKellyの原論文(1956年、919–920ページ)、収益分布への適用はRotandoとThorpの論文、比率を抑える考え方はThorpによるケリー資本成長基準の解説を参照できます。本文の55%・1.5R・1%は説明用の仮定です。